すっかり「雪」という言葉に慣れてきたこの頃。。。
TISも11/23で夏季シーズンを終了し、がちゃの周りはすっかりウインター。。。
TISといえば、、、先日お手伝いに行ったとき、お友達のシルビアをお友達宅まで運転させてもらった。。。
いや〜、、、やっぱいいよね〜
目線の低さ、低重心な感覚、バケットのホールド感、エンジンの出力特性。。。
全てにおいてスポーツカーというものは乗ってて気持ちがいい。。。
カートライフを楽しく過ごしている為、おそらくはしばらく乗ることがないであろうスポーツカーたち。。。
クルマ好きながちゃ、、、スポーツカーにはやはり思い入れは強い。。。
今、「なんでも出来るクルマ」が多すぎる、、、というか全てのクルマがそうかも知れない。。。
特にサーキットを走る、峠を走る、なんて特殊な環境を好まない限り、そこそこ走れて、走行性能も格段によくなってる事は、一見していい方向に見えるが、それこそがスポーツカーというジャンルを衰退させている気がする。。。
セダン、ミニバン、SUV、軽、、、どれをとっても普通に走るには申し分ない性能を持ってる。。。
たまに出てくるスポーツカーはもはや一般市民には手の届かない技術の結晶とも言うべき超高級なものしかない。。。
それは、日本の自動車メーカーの技術の進歩があがっていることであって喜ばしいことではある。。。
でも、少しさびしいね。。。
そんな自分も所有していないのだから、どーのこーの言う立場じゃないかもしれない。。。
と、生意気なことを書いてしまったが、本題を・・・(笑)
−がちゃが死ぬまでに一度は乗ってみたいクルマたちランキング(笑)−
いろいろあるけどね。。。
死ぬまでに、、、ってくくったことで随分台数を絞れた。。。
ホンダNSX−R(NA1)
やっぱりこれは外せない(笑)
日本が誇る世界に通用するスーパーカーでしょ。。。
当時は、「どアンダー」な挙動に賛否両論あったらしいが、心の師である土屋氏が「お前にこのアンダーを消して走る腕があるのか?と訴えてくるクルマだ」と言ったコメントが今でも印象に残っている。。。
下手くそは乗るべからず、なクルマなんて今じゃ考えられないよね。。。
ニッサンスカイラインGT−R(BNR32)
元祖ハイテクスポーツカーといっていいでしょ。。。
最先端ハイテク電子デバイスを惜しげもなく装備し、重い車重をたやすくひっぱる強烈な心臓。。。
なんにしてもカッコいい。。。
グループAのGTR達はみんな最高だったな、、、レース自体も面白かったし。。。
当時、まんま同じ形状のエアロパーツいろんな車にあったな〜
これだけは変にエアロ変えないほうがカッコいいと思ったクルマだった。。。
マツダサバンナRX−7(FC3S)
世界でただ一つのロータリースポーツカー。。。
がちゃの中で一番長く、強い思い入れのあるクルマ。。。
オヤジの影響で小学生の頃からマツダ好きだったからな〜
めちゃめちゃかっこいいよ。。。
若かりしころ本気で買おうと思ったが「燃費が悪い」という理由で購入を断念した(笑)
実際言うほど悪くなかったらしいから、唯一乗れたかもしれないクルマだった。。。
番外編
ナイト2000(通称KITT)
乗ってみたいね〜(笑)
お金がありゃ乗れるって車じゃないけど、だからこそ憧れるよね。。。
当時はあれだけカッコよく見えてたのに今見ると「車高たかっ!」(笑)
レプリカで本物そっくりに作ってる人たちがいるみたいだけど、乗ってみたいな〜
ちょっとサイト覗かせてもらったけど、本当にすごかった。。。
あれなら十分本物に乗ってる気になるよ。。。
まだまだ乗ってみたいクルマ達はたくさんあるけど、「死ぬまでに一度は」ってことで、厳選した。。。
まぁ買って買えないクルマではないかもしれないけど(KITTは別)、カートをやってる以上夢のまた夢ですな(笑)
今はカートをやめてまでとは思わんし。。。
年とっておじいちゃんになってから乗ってもいいかも(笑)
NSXから降りてきたのが、60過ぎのおじいちゃん・・・ステキすぎる(笑)
中原中也が死んだあと、小林秀雄がこんな文章を書いた。
先日、中原中也が死んだ。夭折したが彼は一流の抒情詩人であつた。字引き片手に横文字詩集の影響など受けて、詩人面をした馬鹿野郎どもからいろいろなことを言はれながら、日本人らしいりつぱな詩をたくさん書いた。事変の騒ぎの中で世間からも文壇からも顧みられず、何処かで鼠でも死ぬやうに死んだ。時代病や政治病の患者などが充満してゐるなかで、孤独病を患つて死ぬのには、どの位の抒情の深さが必要であつたか...*1
惻々とした心情が伝わる名文章である。じつを言うとわたしは小林秀雄はあまり好きではないのだが、しかし亡友を偲んだこの言葉には感動する。
ところで小林というひとは、晩年にはもう読みたい本も見たい絵もなくなってしまって、ルオーの版画ばかりを眺めていたらしい。その気持ちはよくわかる。なぜかというと、前にも書いたけれど、わたしもいま似たような状態になっているから。もう新たに読みたい本も、聴きたいCDも、観たい映画もない。そしてわたしはルオーの版画を眺めるかわりに毎日Tumblrのダッシュボードを眺めている。まだ26でこんな風になるのはいささか奇妙かもしれないが、たぶんわたしの人生も残り少ないのだろう。わたしはいま晩年を生きているのだろう。と書くとき、わたしは別に悲しんでいるわけではない。明日死んだって、あるいは今日死んだって構わないのである。
こんな投げやりな述懐で記事を終えるのもどうかと思うので、最後に、わたしのお気に入りの詩のひとつであるエミリー・ブロンテの"Riches I hold in light esteem"という作品を引用することにしよう。「どうやら私の終わりも近い」という言葉が詩のなかに出てくるが、これを書いたときブロンテはまだ23歳だった。そして彼女はそれから7年後に30歳でこの世を去った。
Riches I hold in light esteem
Riches I hold in light esteem,
And Love I laugh to scorn;
And lust of Fame was but a dream
That vanished with the morn‒
And if I pray, the only prayer
That moves my lips for me
Is‒ ‘Leave the heart that now I bear,
And give me liberty.’
Yes, as my swift days near their goal,
‘Tis all that I implore‒
Through life and death, a chainless soul,
With courage to endure!
富は問題にならぬ
富なんてものは問題にもならない、
恋だって、考えただけで吹き出したくなる。
なるほど、名誉欲か? そういえば、昔夢見たこともあったが、
日が射すと忽ち消える朝露みたいなものだった。
もし私が祈るとすれば、自然に
口をついて出る祈りはたった一つの祈りだ。
「今の私の心をこのままそっとしておいてくれ、
そして、ただ自由を私に与えてくれ」という祈りだ。
嘘ではない。‒光陰矢の如しで、どうやら私の
終わりも近い。そこで私が求めるものは、ただ、
何ものにも囚われない一人の人間として、勇気をもって、
生に堪え、死に堪えてゆく、ということだけだ!*2