
「各々方、よ〜く考えてござれ。
この蝦夷では、今のところ、この“義経”の殿の命を狙う刺客はいない。
したがって、これまでのように、我等、殿の家臣が、殿の側で殿を四六時中お守りしなければならない
といった状況はなくなった。
となると、殿が蝦夷の地と民を守ると申されたその方法であるが、恐らく、殿はこれから探索を行う蝦
夷地のコタンの中で、要{かなめ}と思われるコタンに、我等一人一人か?或いは一人二人を配置される
お積もりじゃ。
コタンに配置された我等は、殿の名代という立場になるので、そこのコタンの長老などと相対する時
は、殿の想いが正しく長老に伝わることが何より大事になろう。
殿は、我等家臣が少しでも成長して、殿と同じように思考し、判断をする、その過程を学び取って欲し
いとお思いなのだ、とわしは感じている。
そう考えると、次郎の先程の“問いかけ”は、まさにそうしたことを殿から伺おうとする姿勢を示した
ことになる。
それで、殿は大いに喜ばれたのだ。人間が成長する課程においては、自分で積極的に取り組もうとする
姿勢が最も大事だからのう!」
「弁慶、さすがよのう。道成、判ったか?」
道成も2人の思いの深さに、内容はともかく「はい」と答えた。
「次郎、弁慶が今語ってくれたとおりじゃ。
儂は、皆とともに、この2ヶ月余りの間に数カ所のコタンの生活を、その暮らしぶりを見させて貰っ
た。
恐らく、蝦夷の民に対する皆の思いも同じであろうと思うが、蝦夷の民の素朴な大らかさと人なつこ
さ、コタンの中での掟を重んじる実直さなど、いずれを見ても、心が洗われるような清々しさを覚えた。
何人かの長老にも会ったが、京や大阪の公家や商人の一部に見られたような欲に凝り固り品性が欠けた
ような嫌らしさや、富と権力に媚びへつらう醜さとか外連さを、どの長老やコタンの民からも感じなかっ
た。
カモクタイン殿は、このような蝦夷の大地と民が、如何なる勢力にも侵されることのないように守ろう
とする意志を持って、アキバやヒエンなど家族とともに、コタンを巡っておられる。その想いと努力にも
感銘した。
近頃、儂も同じような想いを抱くようになり、だからこそ、カモクタイン殿の手助けをしたいと考える
ようになってきたのだ。
そのため、当分の間、このコタンに留まり周辺の探索を行うことにしたので、この続きは、明日にしよ
う」とのことで、話し合いは翌日に持ちこされた。