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    標茶六三「文庫で読む400作品+α」2009-11-11 07:21:57

    (072)佐木隆三『復讐するは我にあり』

    (072)佐木隆三『復讐するは我にあり』
    (文春文庫・改訂新版)


    (1)佐木隆三ノート


    ・1937年北朝鮮生まれ。その後広島県に移住。原爆を体験している。小説家、ノンフィクション作家。最近では法廷ルポライターとしても活躍している。
    ・主な作品はつぎのとおりである。
    1961年「大罷免」(同人誌に発表、同題名で1976年発刊され、角川文庫になっている)
    1963年『ジャンケンポン協定』(講談社文庫)
    1968年『大将とわたし』(講談社文芸文庫)
    1973年『偉大なる祖国アメリカ』(角川文庫)
    1975年『復讐するは我にあり』(直木賞、講談社文庫、2009年改訂新版として文春文庫)
    1977年『日本漂民物語』(徳間文庫)
    1990年『身分帳』(伊藤整文学賞、講談社文庫)
    ほか多数。

    ※文庫化された佐木隆三の作品のほとんどは、絶品状態である。初期作品を読んでみたい方は、「新鋭作家叢書『佐木隆三集』」(1972年河出書房新社)を探してもらいたい。本書には、「ジャンケンポン協定」「大将とわたし」「奇蹟の市」「すみれ荘の二人」などが所収されている。「新鋭作家叢書」には、古井由吉、黒井千次、阿部昭、丸山健二、丸谷才一など18人の作家が網羅されている。
    (2)『復讐するは我にあり』で直木賞

     驚いた。佐木隆三『復讐するは我にあり』が、改訂新版として再文庫化・復刊されたのである。本書は1975年に単行本(上下巻)として発売された。その後、講談社文庫(上下巻)として発刊されている。この文庫が入手しにくいという理由で、私は「文庫で読む400作品+α」リストから除外してしまった。
     
     それが文春文庫として復刊されたのである。単行本や講談社文庫では上下巻だったものが、2009年スリムな文庫1冊として改訂された。どのくらい中味をそぎ落としたのか、興味深く読み返した。やっぱり、ずしりと重い作品だった。しかもどこを手直ししたのか、わからないほどの完成されたできばえだった。
     
     私は「日本近代文学」の作家を、1935年以前生まれの作家としている。佐木隆三『復讐するは我にあり』は、ギリギリで「日本現代文学」の1冊としてリストアップすることにした。『復讐するは我にあり』は、ノミネートしていた現代文学作家を1人、リストから外しても読んでいただきたい作品なのである。

     佐木隆三は父親を戦争で亡くし、自ら原爆のきのこ雲を見ている。幼いころの生活は貧しかった。1960年日本共産党に入り、やがて脱会する。日本共産党批判を書いて話題になったのが、『ジャンケンポン協定』である。1964年連続殺人犯・西口彰の裁判を傍聴する。この体験がのちの『復讐するは我にあり』として結実される。1971年沖縄返還運動では、12日間拘束された経験もある。
     
     私はこの作品を30年以上も前に読んでいる。ノンフィクションというジャンルの素晴らしさを教えてくれたのは、『復讐するは我にあり』だった。その後佐木隆三の初期作品を、読みあさることになる。ただし『復讐するは我にあり』以降の作品は、ほとんど読んでいない。作品が多すぎて、読書ペースが追いつかなかったからだ。
     
     佐木隆三は、『復讐するは我にあり』で直木賞を受賞した。その後の作品に興味はあったが、『日本漂民物語』で足がとまってしまった。『日本漂民物語』は、直木賞受賞後に発売された短編集である。私は「男と女と金の人生ドラマ」に、佐木隆三の原点をみた。実際にあったできごとの細部を積み上げて、物語として展開させる力量は半端ではない。

    (3)冒頭場面から大きな手入れ
    『復讐するは我にあり』が扱っているのは、1963年に起こった現実の事件である。警察の追跡をあざ笑うかのように容疑者は、2ヵ月半全国をまたにかけて殺人や詐欺をくり返した。福岡県と静岡でそれぞれ2人、東京で1人が殺された。さらに北海道や広島、千葉などで詐欺が重ねられた。
     その容疑者が、逮捕されたのである。当時の佐木隆三は、まだ八幡製鉄に勤めていた。容疑者の西口彰(小説の主人公名は榎津巌)が、勤め先の近所の八幡署に留置された。佐木隆三は事件に関心をもち、福岡地裁小倉支部での裁判も1度だけ傍聴している。

     佐木隆三は犯人以上に、被害者たちに関心をしめした。被害者の多くが、犯人と同じ階層の人たちだったのである。佐木隆三は殺人・詐欺事件を外側からとらえようと試みた。そのことは、本書の書き出しで明らかである。
     
    ‒‒第一の死体発見者は、福岡県行橋市に隣接する京郡苅田町の六十二歳の主婦だった。日豊本線の行橋駅から二つ小倉寄りの苅田駅裏に、彼女の畑がある。十年ほど前に一町八村が合併し、人口五万の行橋市が発足しており、山間部から周防灘に面した海岸まで細長く伸びた地形で、石灰石を資源とするセメント工業が中心の苅田町は、臨海工業用地を造成中であり、死体が遺棄されていたのは、苅田駅裏台地のダイコン畑だった。
     一九六三(昭和三十八)年十月十九日午前七時ころ、彼女は朝食のおかずにするダイコンを抜くために、自分の畑へ行った。(後略、「改訂新版文春文庫」の冒頭を引用)
     
    「改訂新版文春文庫」は、単行本に大きく手入れがなされている。これが改訂新版にかけた佐木隆三の意気込みのあらわれなのだろう。手元にある単行本『復讐するは我にあり』(1975年発行初版、講談社)の冒頭と比べてみたい。
     
    ‒‒第一の死体発見者は、筑橋市のはずれの穴生町の六十二歳の農婦だった。日豊本線筑橋駅から一つ小倉寄りの、穴生駅裏の家からすこし離れたところに、彼女の畑がある。ちょうど十年前に二町二村が合併して、人口五万の筑橋市が発足したのだが、山間部から周防灘に面した海岸まで細長く伸びた地形で、死体が遺棄されていたのは、英彦山を源流とする中路川の河口に近い堤防下だった。苅田駅裏台地のダイコン畑だった。
     昭和三十八年十月十九日午前七時ごろ、彼女は朝食のおかずにするダイコンを抜くために、自分の畑に行った。(後略、単行本の冒頭を引用)
     
     単行本では架空の名前だった筑橋市は、いまの地名・行橋市に改められている。改訂新版の文庫化にあたり佐木隆三は、作品に新たな血を注いだことが十分にうかがえる。細部の描写もかなり違っているが、大筋は記憶のとおりだった。
     
     通常作家は、書き出しと結びの文章をことさら大切にする。それを佐木隆三は、いとも簡単に書き改めてしまった。おそらく、書き下ろしてから30年後の舞台に、再び立ったのだろう。セメント工場も造成中だった臨海工業用地も、現存していなかったのだろうと推察される。
     
    (4)まったく新しいタイプの小説

    『復讐するは我にあり』は、40節で構成された長篇小説である。各節には、すべて漢字一字で見出しがつけられている。これがばっちりとはまっている。最近では漢字一字で、世相を表現するイベントが定着したようだ。『復讐するは我にあり』は、そのイベントの元祖でもある。
     佐木隆三は、小説の素材として興味を抱くのは「社会からはずれたアウトロー」(「日本読書新聞」1976年2月2日号)と語っている。そしてそのとおりに書き連ねている。佐木隆三の特徴は、警察調書、新聞記事、裁判記録などを総動員すること。そのうえでの綿密な現地取材の豊富さにある。そのことを秋山駿との対談で、佐木隆三はつぎのように語っている。(単行本『復讐するは我にあり』の添付しおりより引用)

    ‒‒彼(殺人・詐欺事件の犯人・西口彰のこと)が幼年期をすごした五島列島は、ぜひ見たかったです。それと関係者といいますか、そういう人に可能な限り会おうと、歩きました。それから検察庁に保存されている一件記録を見せてもらったり、裁判所に残っている判決文を見せてもらったり、そういうことをかなりしつこくやりました。自分なりの想像力でカバーしたいという、なまけ心みたいなものを極力押えて、歩くだけ歩いてみることは一応果たしたつもりなんです。
     
     佐木隆三は、人物を内面から描くことを嫌う。「犯人の内面に踏みこんで、そこから心理的・実存的ドラマを作り上げるといった通常の小説家の特権を、佐木隆三は『想像力の怠惰』としてしりぞけ、事実への謙虚さに徹しようとする」(「朝日新聞」1976年1月26日夕刊)との信念があるからだ。
     
     佐木隆三は、刺激を受けたトルーマン・カポーティ『冷血』を超えたと思う。『復讐するは我にあり』を上梓する以前、佐木隆三は文芸誌にたくさんの小説を発表している。それらの作品は、平野謙から「軽い」と一蹴された。しかし『復讐するは我にあり』では、秋山駿から「日本の文学にはなかった形のもの」と絶賛された。
     
     佐木隆三はそれまで書いていた私小説と決別するためにも、新しい小説の形を模索していた。私小説を書き続けることについて、佐木隆三はつぎのように語っている。

    「別れた人にも、女房にもたまらないものだろう。しかも自分もきずつくということで、そういうものとは違ったものを書こうとした」(「読書人」1976年2月9日号) 

     史上初の重要指名被疑者の公開手配にもかかわらず、最初の殺人から78日間も事件は解決されなかった。その間、被疑者は次々と新たな犯罪を犯し続けた。逃亡する被疑者を見破ったのは、10歳の少女だった。
     
     私は意図的に、ストーリーを紹介しなかった。ぜひ読んでもらいたい。そして「こんな小説があったのだ」と実感してほしい。私は佐木隆三『復讐するは我にあり』を、ジャンルを超えたベスト20作品として評価する。
    (標茶六三:2009/11/10)

    (5)標茶六三のジャンル別ベスト作品
    (「文庫で読む400作品+α」またはブログ「知育タンス」で紹介済みの作品のみ)

    ■全ジャンルベスト作品(文庫、2009/10/27現在)
    01位100点:ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟・1部』光文社古典新訳文庫
    02位99点:安部公房『砂の女』新潮文庫
    03位98点:R.D.ウィングフィールド『クリスマスのフロスト』創元推理文庫
    04位97点:村上龍『半島を出よ(上下)』幻冬舎文庫
    05位96点:横山秀夫『クライマーズ・ハイ』文春文庫
    06位95点:東野圭吾『秘密』文春文庫
    07位94点:山本周五郎『青べか物語』新潮文庫
    08位93点:宮部みゆき『理由』朝日文庫
    09位92点:浅田次郎『鉄道員(ぽっぽや)』集英社文庫
    10位91点:飯嶋和一『始祖鳥記』小学館文庫
    …………
    11位90点:小檜山博『出刃』講談社文庫
    12位89点:H.F.セイント『透明人間の告白(上下)』新潮文庫
    13位88点:筒井康隆『家族八景/七瀬ふたたび/エディプスの恋人』新潮文庫
    14位87点:佐木隆三『復讐するは我にあり』文春文庫

    ■掲載履歴「400作品+α」(数字は掲載年月日、※リスト外の気になる作品)

    あ:
    芥川龍之介『羅生門』090601、浅田次郎『鉄道員(ぽっぽや)』090607、浅田次郎※『壬生義士伝(上下)』090807、安部公房『砂の女』090716、あさのあつこ『バッテリー』090920
    い:
    泉鏡花『高野聖』090813、飯嶋和一『始祖鳥記』090815、伊坂幸太郎『アヒルと鴨のコインロッカー』90805、伊藤左千夫『野菊の墓』091021
    う:
    R.D.ウィングフィールド『クリスマスのフロスト』090604、ジャック・ウェルチ『わが経営』090903
    え:
    お:
    恩田陸『六番目の小夜子』090826、織田作之助『夫婦善哉』090929、小川洋子『博士の愛した数式』091108
    か:
    川端康成『雪国』090610、梶井基次郎『檸檬』090622、カフカ『変身』090727、O.S.カード※『消えた少年たち』090728、カミュ『異邦人』090811、海堂尊『チーム・バチスタの栄光』090901、カポーティ『遠い声遠い部屋』090916、川上弘美『センセイの鞄』091001
    き:
    菊池寛『恩讐の彼方に』090729、北村薫『スキップ』090730、木村秋則『リンゴが教えてくれたこと』090819、桐野夏生『柔らかな頬』091015
    く:
    A.クリスティ『ABC殺人事件』090715、倉田百三『出家とその弟子』090915、黒岩比佐子『音のない記憶・ろうあの写真家・井上孝治』
    け:
    D.ケネディ『仕事くれ』090820、
    こ:
    コクトー『怖るべきこどもたち』091102
    さ:
    サルトル『水いらず』090731、齋藤孝『読書力』090912、阪本啓一『ゆるみ力』091002、坂口安吾『堕落論』091029
    し:
    シュリンク・B『朗読者』090524、重松清『ナイフ』090625、清水義範『蕎麦ときしめん』090910
    す:
    スウィフト『ガリヴァー旅行記』090830、須川邦彦※『無人島に生きる16人』090906、
    せ:
    H.F.セイント『透明人間の告白』090629、
    そ:
    た:
    太宰治『斜陽』090522、高草洋子※『びんぼう神様さま』090904、高嶋哲夫『イントゥルーダー』091023
    ち:
    チェーホフ『桜の園』090618、
    つ:
    筒井康隆『家族八景』090804、
    て:
    テグジュベリ『星の王子さま』091026
    と:
    外山滋比古『思考の整理学』090808、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟・第1部』091018
    な:
    夏目漱石『吾輩は猫である』090728、長塚節『土』090824
    に:
    西堀栄三郎『南極越冬記』091017
    の:
    野中郁次郎・紺野登『知識経営のすすめ』090923
    は:

    ひ:
    東野圭吾『秘密』090612、樋口一葉『たけくらべ』090831、
    ふ:
    ダン・ブラウン『天使と悪魔』090520、藤原伊織『テロリストのパラソル』090721、二葉亭四迷『浮雲』0909057
    へ:
    ヘルマン・ヘッセ『車輪の下』090905、ヘミングウェイ『老人と海』090926
    ほ:

    ま:
    森鴎外『舞姫』090713、松本清張『点と線』091107、松下竜一『豆腐屋の四季』091110
    み:
    宮部みゆき『理由』090518、宮部みゆき※『誰か』090521、道尾秀介※『向日葵の咲かない夏』090523、三島由紀夫『潮騒』091013、三田誠広『書く前に読もう超明解文学史』091025
    む:
    村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』090526、村上龍『半島を出よ』090725、村山由佳『天使の卵』091030
    め:
    も:
    S.モーム『月と六ペンス』090724、桃谷方子※『百合祭』091024
    や:
    山本周五郎『青べか物語』090528、山本文緒『恋愛中毒』090714、
    ゆ:
    よ:
    横山秀夫『クライマーズ・ハイ』090531、養老孟司『バカの壁』090828
    ら:
    ロレンス『完訳チャタレイ夫人の恋人』091010
    わ:
    渡辺容子※『左手に告げるなかれ』090930、渡辺容子※『流さるる石のごとく』091019
    …………今後の予定 
    072:佐木隆三『復讐するは我にあり』(本日)
    073:国木田独歩『武蔵野』
    074:スティーヴンソン『ジーキル博士とハイド氏』
    075:丸谷才一『思考のレッスン』
    076:サガン『悲しみよこんにちは』
    077:堀辰雄『風立ちぬ』
    078:石田衣良『娼年』
    079:荻野文子『ヘタな人生論よりも徒然草』
    080:デフォー『ロビンソン漂流記』


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