ブログの旬をキャッチ!livedoor ブログ検索

  • ウェブ検索
  • ブログ検索
  • 登録サイト
  • 画像検索
  • 動画検索β
  • 商品検索
  • 地図
  • ニュース検索
    Ads by Google

    電撃速報2009-11-04 02:42:29

    (´・ω・`)「戦時中で大変だったから日本人墓地を資材にしちゃったよ」 全然オッケー!

    1 名前: ノイズs(西日本)[] 投稿日:2009/11/03(火) 01:59:59.54 ID:VYlLfpEz ?PLT(12076) ポイント特典
    日本人の墓、建築資材に 戦争避難「仕方なく」 盆と正月はお供え物 峨嵋洞地区

    ●迫る再開発、行き場なくす恐れ

     人が擦れ違うのも困難な狭い道が迷路のように入り組む、韓国釜山市西区峨嵋洞
    (アミドン)地区。足元に目を落とすと、「国分治之墓」「西山家之墓」などと刻
    まれた日本人の墓石が、塀や家の基礎など、至る所に使われている。日本統治時代
    (1910-45年)、ここに住んでいた日本人の墓石だ。なぜ、墓石が建築資材
    になったのか。「日本人は気を悪くするだろうが、話を聞いてほしい」。西区庁(
    区役所)の金敬煥(キムギョンファン)文化観光課長から連絡を受け、峨嵋洞に向
    かった。
     (釜山・甲木正子)

     塀に埋め込まれた墓石、プロパンガスや植木鉢の台にされた墓石、階段の一部と
    化した墓石。中には欠けて路上に放置されたままのものもある。

     日本統治時代、峨嵋洞には日本人の共同墓地と火葬場があった。45年の終戦で
    日本人は引き揚げ、墓地や位牌(いはい)だけが残った。そこへやってきたのが朝
    鮮戦争(50-53年)前後に北部から避難してきた人たち。

     「当時の避難民はお金も建築資材も何もなかった。父たちは簡単に家を造る手段
    として墓地を利用した」。同地区の住民金昌福(キムチャンボク)さん(65)が
    申し訳なさそうに語り始めた。日本人の墓は墓石を囲む2、3メートル四方ほどの
    囲いがあるものが多く、囲いを柱にして屋根を張ると小さな家ができたというのだ。
    家族が暮らすには中心部の墓石が邪魔になるので取り払い、階段や塀などに使った。

     「決して日本人が嫌いだからではない。多くの避難民が生きるため仕方なくやった」
    という。

    以下ソースで
    http://qnet.nishinippon.co.jp/travel/busan/anaba/20091102_2087.shtml
    「瀧尾儀作建之」と刻まれた墓石は、家紋とともに路上に放置されていた=韓国釜山市西区峨嵋洞


    10 名前: ノイズn(西日本)[] 投稿日:2009/11/03(火) 02:03:16.27 ID:8bt5q/+G
    使っちゃっていいよマジで


    続きを読む
      Ads by Google
      2ch Watch!
      livedoor サービス:

      Copyright © 1996-2009 livedoor Co.,Ltd. All rights reserved.