ブログの旬をキャッチ!livedoor ブログ検索

  • ウェブ検索
  • ブログ検索
  • 登録サイト
  • 画像検索
  • 動画検索β
  • 商品検索
  • 地図
  • ニュース検索
    Ads by Google

    夢幻と湧源2009-11-11 22:13:00

    纏向遺跡の巨大建物跡は卑弥呼の宮殿か?

    邪馬台国の最有力候補地とされる纒向(まきむく)遺跡(奈良県桜井市)で、卑弥呼(ひみこ)(248年ごろ没)と同時代の3世紀前半の大型建物跡が見つかり、桜井市教委が10日、発表した。柱穴が南北19.2メートル、東西6.2メートルに整然と並び、同時代の建物では国内最大級。過去の発掘調査で確認された3棟の建物や柵列と共に、東西方向の同一直線上で南北対称となるよう計画的に配置されており、卑弥呼の「宮室」(宮殿)の可能性がある。邪馬台国大和説を前進させる成果と言えそうだ、と報じられている。
    http://mainichi.jp/select/wadai/graph/makimuku/
    Msn2写真は、http://sankei.jp.msn.com/photos/culture/academic/090320/acd0903201932005-p1.htm

    今回の調査は、1978年に柵と建物跡が確認された調査地点を、今年2月から区域を広げて再度調査。東西に計画的に並ぶ三つの建物群や柵を確認したもので、大型建物跡は、その東側の区域で新たに見つかった。
    Photo図は、
    http://kitsunekonkon.blog38.fc2.com/blog-entry-2075.html

    今回の調査結果により、畿内説をとる論者は、巨大建物跡を卑弥呼の宮殿ではないかとしている。
    黒田龍二神戸大学准教授の復元によれば、高さ約10メートルの入母屋造りと想定されるという。

    果たして、邪馬台国論争は決着したのだろうか?
    私も、邪馬台国がどこにあったかを確定することは、わが国の歴史上重要な事項であると考えており、少なからぬ関心を抱いてきた。
    そして、邪馬台国の所在地論争については、渡辺一衛『邪馬台国に憑かれた人たち』学陽書房(9710)や岩田一平『珍説・奇説の邪馬台国』講談社(0004)などで取り上げられている諸説についてレビューしたこともある。
    2008年11月30日 (日):邪馬台国に憑かれた人…①原田大六と「東遷」論
    〜2008年12月12日 (金):邪馬台国に憑かれた人…⑨石野博信と「纏向遺跡」論
    2008年12月16日 (火):珍説・奇説の邪馬台国…①「ジャワ島」説(内田吟風)
    〜2009年1月 7日 (水):珍説・奇説の邪馬台国・補遺…⑦「宇佐移転」説(澤田洋太郎)

    今回の発表で、長年の論争に終止符が打たれることになるのだろうか?
    正直な感想として、あるいはファン心理ということかも知れないが、とてもそうは思えない。

      Ads by Google
      2ch Watch!
      livedoor サービス:

      Copyright © 1996-2009 livedoor Co.,Ltd. All rights reserved.