ブログの旬をキャッチ!livedoor ブログ検索

  • ウェブ検索
  • ブログ検索
  • 登録サイト
  • 画像検索
  • 動画検索β
  • 商品検索
  • 地図
  • ニュース検索
    Ads by Google

    わーさんの日々是修行2009-11-15 09:53:38

    得長寿院

    こんにちは。
    今日の京都も少し寒さが増してきました。
    先ほど、チェックしたところでは、
    そろそろ各観光スポットの紅葉も
    見頃に向かっているとのこと。
    大原や貴船あたりは今が見頃だそうで、
    清水や南禅寺、知恩院もそろそろ
    見頃が近いかなぁという感じだそうです。
    きっと今日も多くの観光客がお越しになるのでしょうね。
    上記の各スポット、
    これ全部、紅葉の見所になっているのは、
    寺社ですよね。
    大原でしたら三千院、貴船は神社ですもの。
    紅葉をご覧になって、はいさようなら、ではなくて、
    どうぞ、寺院、神社おまいりなさってくださいね。
    心に感じる何かがあれば、いいなと思います。
    うちの近くの毘沙門さまもそろそろ見頃の11月15日です。

    とにかくこの時期の土日、
    京都の街は人や車でいっぱいです。
    我が家の近くには高速道路のインターがあるのですが、
    インターの降り口から広い一般道へと向かう道は、
    昨日もその横の道を通りがてら、ちらっと見てみますと、
    まぁ、恐ろしいほどの大渋滞。
    こりゃ、来るだけで疲れるわなぁ。
    みんな、電車で来なさい。
    その方が楽だぞ。

    そんなみなさんのために、
    今日は、あまり知られていない場所をひとつご紹介します。

    先ずは、地下鉄の東西線で東山という駅で降りてみましょう。
    はい、地下鉄ですから、ホームにいても景色は見えませんの。
    そそくさと地上にあがるのですよ。
    改札を出たら、すぐ左に歩いて地上にあがります。

    地上に出ますと、すぐ近くに大きな交差点がありますね。
    東山通と三条通の交差点です。
    南北に通っているのが東山通、東西に通っているのが三条通です。
    この東山通を北上してみましょう。
    ええ、京都式で言いますと
    「東山通をあがる」
    となります。

    しばらく歩きますと橋があって、川が流れています。
    非常に流れの穏やかな川です。
    これは疎水と言いまして、
    琵琶湖の水を京都に引いてくるために、
    明治時代に作られたものなんです。
    この橋を渡らずに、右側、つまり東へと進んでみましょう。
    そう、疎水の南べりを東に歩くわけです。

    東山通からすぐのところに、小さな石碑が建っています。
    「得長寿院跡」と書かれています。
    ここは、平安末期に「得長寿院」のあった場所なんです。

    この得長寿院、造営したのは平忠盛さんでした。
    清盛さんのお父上ですね。
    え?どんな建物か想像がつかないですって?
    えっとですね、同じ京都に
    三十三間堂というのがありますが、
    あれはこの得長寿院にならって建てられたものだそうです。
    ですから、あれをご想像いただければ、
    イメージとしてはいいのではないでしょうか。

    忠盛さんは、この得長寿院を造営して、
    これを鳥羽上皇に献上したんですね。
    このご褒美として、彼は昇殿、
    つまり、清涼殿の殿上の間に昇ることを許されるようになったのですね。
    大出世ですわ。

    この得長寿院、ご本尊は一丈六尺(約5メートル)の観音様で、
    その左右に各500ずつの観音様がいらしたのだとか。
    あ、やっぱり三十三間堂と同じですね。

    で、この得長寿院ができたとき、その堂供養をしようということになりました。
    で、誰がそのお導師(まぁ、その法要のリーダーなんて言ってもいいのかなぁ)をするか、
    これで相当にもめたみたいです。
    13人の高僧(抗争でも香草でもない)が名乗りを上げたのですが、
    この中で誰をお導師にするかが決まらなかったのです。
    そこでくじ引きで決めることになりました。
    まぁ、何てイージーなんでしょう(笑)。
    で、このとき用意されたくじの数は14。
    名乗りを上げたのは13人。
    そう、1本多く入れてあったのです。
    それは、
    「もし、この13人の中にふさわしいヤツがいなかったら、
    他から選ぶという選択肢も残しておきたいから」
    ということでした。

    で、だいたいこういうパターンのときってね、
    ほら当たりくじだけ残るでしょ。
    13人みんなスカを引くでしょ。

    さぁ、どうしましょ。

    鳥羽上皇はこのとき、
    「ならば、智者でなくても、慈悲の心を持った、
    天下一貧しい僧侶にさせてみようぢゃないか」
    なんてことを言ったのですね。
    そこに登場するのが、ホントに貧しさ170パーセントくらいの僧侶。
    大丈夫なんかいな
    みんなは心配をいたしました。

    さて、その当日。
    貧しい僧は、2人の脇僧と、12人の従僧を連れて参上しました。

    いよいよはじまりです。
    そのすばらしいこと。
    その場にいた人たちは、みな感動します。

    法要が終わり、このお導師さまは、
    脇僧、従僧を引き連れて、
    天高く登って行かれたのです。

    お導師をなさったのは、薬師如来さまの化身、
    脇僧は日光菩薩、月光菩薩の化身、
    従僧たちは十二神将でありました。

    みなは、
    「なるほど、平忠盛という人物は、
    神仏に加護された人なのだなぁ」
    と話したのだそうです。

    このことがきっかけで、
    平家一門は、栄えていくことになります。
    ですが、息子清盛さんのときになって、
    彼があまりに傍若無人なことをしたために、
    とうとう平家は滅ぼされちゃったのですね。

    肝心の得長寿院ですが、
    平家が滅亡した直後に、地震で半分が倒壊。
    その後廃れていったのだとか。
    偶然の一致とはいえ、これはちょっと怖いですね。

    そのまま足を東に進めますと、
    平安神宮が見えてきます。
    平安神宮におまいりなさったあとは、
    そのまま真っ直ぐ南下いたしますと、
    知恩院です。

    どうぞ、よい旅を。




    ノートン警察エリート捜査官
      Ads by Google
      2ch Watch!
      livedoor サービス:

      Copyright © 1996-2009 livedoor Co.,Ltd. All rights reserved.