なぜ、謙介、山頭火の庵に行ったのか、
ということなんですけどね。
それは、やっぱり前日のことと関係あるかもしれません。
前日の坂の上の雲に出てくる人たちというのは、
田舎から中央に出て行って、やがて大きなことを
成し遂げよう、という大志を抱いて、それに向かって
邁進した人たちでした。(子規はまぁ志半ばに
夭折してしまいましたけれども。)
ところが、それで言えば山頭火は正反対の方向の
人だったですよね。
家庭を捨て、社会的な生活基盤も捨て、
経済的なものも全て捨ててしまいます。
そうした「立身出世」ということから言えば
全くそういう方向からは外れてしまった人ではありました。
みんながみんな国家有為の人材になるとは
限りません。自分と向き合って、自分にしかない道を
自分の心と激闘の末、見つけ出そうと必死でもがいていた人も
いた。
俺が多分どこかで惹かれているのは、そこかもしれないなぁ、
と思います。
人が一人で生きていく,、というのは
しんどいことだと思います。生きていくうえで必ず起こってくる
失敗、他人から誤解されたり一方的に決め付け
られたりすること、無視されるようなことだって
あるでしょう。でも、そうしたことは全て自分ひとりで
背負わなければならない。
すべては自分でやって、一人で決める。
そうして結果はすべて自分にかかってきます。
独り、というのは、覚悟を決めて生きていかない
といけないと思います。
正直しんどいです。
山頭火も歩いていて石を投げつけられたり、今で
言えば、もう人格を全て否定されるようなことも
言われています。
先が見えない、どうなるのか、前に進んでも
前に進んでも、その先が分からない。
山頭火が南九州を回ったときに、詠んだ句が
「分け入っても分け入っても青い山」というあの句です。
そこには絶望に近いようなぎりぎりの彼の思いが
あった、と言われています。
一人で生きる、そのしんどさの代償として、
何物からも束縛されない自由を得たのです。
その自由は、そういう辛い生きかたの
代わりに手に入れたものだったと思います。
山頭火は、一人で生きていくことを択んだ。
一人生きていく、というのは彼の理想だったそうです。
そうしてもうひとつの理想が、ぽっくりと死ぬこと、
だったそうです。
一草庵の、案内の人は
山頭火さんは、人生で、その思っていたことを二つとも果たした、
ということになるんですよ、とおっしゃっていました。
でもね、一人で生きようとしたからこそ、
他人が自分のためにしてくれる厚意、とか
親切も人一倍敏感に感じられた、っていう部分も
あると思うんですよ。

一草庵の庭にある山頭火の句碑です。
「落ち着いて死ねさうな草枯るる」とあります。
注目して欲しいのは
その前にある「一洵君に」という詞書です。
一洵というのは、この街に山頭火が来たときに
身のまわりの世話をし、援助をした高橋一洵の
ことです。彼があれこれと物心両面の援助を
してくれた、そうした彼への気持ちが、
特定の人を指名した句をほとんど作らなかった
山頭火にしては、本当に珍しい句になっています。
それはまたこうしたお世話をしてくれた一洵への
心からの信頼と感謝の気持ちがそこにあらわれている
ということなのだろうと思います。
ところで、この文章を読んでくださっている
みなさんは、今、これが欲しい、とか
これを買いたい、とか、将来はこうありたい、
というふうな希望とか夢はありますか?
俺ね、もうこのところずっとなんですが、
これが欲しい、とか、こういうふうに
したい、とかいうような物欲とか希望って
全然ないんですよ。
うーん。あんまり希望とか夢、とか聞かれても
こういうふうにしたい、とか、こうなりたい、
と思うようなところはない子でしたね。
というのかうまく行きそうになると、必ず
誰かが出てきて邪魔をされた、とか
ほとんど出来上がっていたときに、すっと横から
他のやつが来て、それを横取りされたとか、
そういうことがすごく多かったんです。
それで、いつか、「希望を持ったとしても、
そんな希望なんて、最後の最後になったら
どうせ、おじゃん、になってしまうんじゃないか。
希望なんて持つだけ損、と思うようになっていたわけです。
夢とか希望とか将来なりたいもの、というのも
大してありませんでした。
そういう人間だったところに
大学の時に中世文学研究でつれづれ草やら
方丈記を中世文学研究の授業で精読していったものですから、
いつしかこういう兼好さんのような生活がいいや、
とかどこかで思っていたりしていました。
それが大人になって働き始めて今の病気になったじゃないですか。
そうして思ったときに、じゃあ、これが手に入ったから、
って言って、それがいつまでも自分の手許にあるとは
限らない。こういう生活ができたから、その状態が
いつまでも続くとは限らない、ということをより強く
思ったみたいに感じます。
病気を経験してから、ただ、その度合いがもっと強く
なったように思います。
だって死ぬときに、あれこれ持ってたって、
そんなもの持っていけないんだもの。
何が今の自分にとって必要なもので、
何が不必要なものか、病気になって以来、
その突き詰め方がよりいっそうシビアになったように
思います。
確かに自分自身は、今の状況で暮らして行きたいなぁ、とは
願っているのですが、ただ自分の中の漠然とした予想では、
後、2回から3回くらいは自分の人生に大きな波をもろに
かぶってしまいそうな気がしています。
そしてその大波は、自分の今までやってきた
全てのことを破壊して文字通りチャラにさせてしまう大きな
波じゃないか、と思っています。それによって、自分の人生は
大幅な軌道修正をしなくてはならない変化になるのではないか
とも思っています。とはいえ、そんなことがあったとしても
前を向いて生きていかなくちゃなんないんですが。
後、10年経ったとき、自分はどうなっているのだろう。
変っていくものと、変らずにあるものと。
残ったものとすっかり喪われていってしまったものと。
一草庵のひだまりのベンチに腰掛けて、
しばらくそんな、将来の自分のことを
山頭火の人生に重ね合わせて、
考えていたのでした。