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    終着までは、何哩?2009-11-03 21:48:44

    分け入ったら、、(その1)

    謙介、くじ運がよくありません。
    大抵抽選、と言われるとハズレです。
    なのであんまりいい目にあたったことがないなぁ、って
    思っていたのでした。
    ところが昨日、市民会館であった、コンサートとお話の会に
    行ったところ、司会のNHKの小野アナウンサーから
    このコンサート、申し込んだ人の総数が1万通の応募が
    あって抽選であたったのが1500人だった、と聞いて、
    ひえええ、と思いました。結構倍率高かったんだ、とか。
    謙介の見てた席って、前から11列目だったし。
    この位置って、そう無理のない高さで、ステージを見る
    ことができるんですよ。

    昨日言い忘れていたことですが、昨日のコンサートは
    NHKの番組として収録されていました。
    11月の14日(土曜日) 午後3時からNHKで全国放送
    されるとのことです。

    あ、それと、もうひとつ。 坂の上の雲の音楽担当は
    久石○さん。 昨日は、こちらの街の民謡から
    曲想を起こしたテーマ曲と、メインテーマ曲の
    「Stand Alone」の演奏もありました。
    昨日は楽器演奏のみでした。ドラマとしてオンエアされるときは
    これに歌がつくのだそうです。
    歌手は、サラ・ブライトマンになった、と報告が昨日
    ありました。

    話を元に戻します。
    でもね、今まであんまりいいことが無かった謙介だから
    こんなくじ運はいいわ、席だって前のほうだわ、
    と思うと、必ずどこかで「こんなのうまく行き過ぎ。」って
    思う自分もいるのでして。

    昨日のコンサート、午後6時半開始で、終了予定時刻は
    8時30分、とありました。
    一番近い市営駐車場は午後9時までなのですが、終了は8時半
    というし、何とかなるか、と思って、そこに入れたのです。
    ところがコンサート、終了したのは9時10分。(笑) おまけに外に
    出たら、みぞれというか雹のような大粒の雨がざあざあ
    降っています。そして昨夜はすごく気温が下がっていました。
    ひええええ、と言いながら、びしょびしょになって、、
    やっぱりなぁ、今までがうまく行きすぎたんだよ、とか
    思いながらバスで家に帰りました。
    帰ってからすぐに風呂に入ったのはもちろんです。


    11月3日は、のんびりと家で掃除と洗濯をするはずだったのですが
    予定変更です。 どうしても駐車場に車を取りにいかなくてはいけなく
    なってしまいました。

    昨夜は確かに寒かったのですが、さすが南国です。
    今日はもう全然寒くありませんでした。
    そうだ、と思いました。
    この機会に見たかったものを全部見よう、
    ということにしました。
    朝、大急ぎで洗濯をしてとりあえず全部干しました。
    知り合いにちょっと電話をします。
    それから服を着替えて電車に乗ります。

    中心部で電車を降りて、昨日の駐車場に行きます。
    途中市役所の前を通ると、「坂の上の、、」の垂れ幕がどーんと
    かかっていました。

    Cityhall


    今日は天気がいいのでお城山もはっきりくっきりとしています。

    Oshiroyama

    駐車場に行きます。昨日からの通しの料金、1250円でした。
    車を無事に出して、北を目指して走ります。
    今日、まず最初に行くところは駐車場がないので、近くの
    知り合いの仕事場に車をとめさせてもらうことにしました。
    (それで朝、ちょっと電話をしていたわけです。)
    昨日もここにとめたらよかったんじゃない? という
    ご質問があるかもしれませんが、昨日の会場からここの
    知り合いのところまでは、ずいぶんと距離があったので
    ここは昨日は無理だったのです。

    すっかり場内は秋の気配です。

    Bousho

    車を停めて、歩いていますと、おやぁ、
    謙介、変なものを見つけてしまいましたよ。
    Apple_tree1

    リンゴの木です。
    しかし、なまなかのリンゴの木ではありません。
    あやしがりてよりて見るに(笑)
    立て札がありまして、、。

    Appletree2

    おおっ! この木は、あのニュートンさんが万有引力を発見した、
    そのりんごの木の挿し木の挿し木の木なんだそうです。


    そうして、ニュートンのりんごの木なぁ、、と、ふにゃふにゃいいながら、
    さささっとその場所を出て、ちょっと北に歩きます。
    Miyukijisan

    ちょっとした通りを横断してさらに北に行きます。
    小川の橋を渡ります。
    このひっそりとした小川のたたずまいが好きです。

    Okawa


    着いたのがここ。

    Issoan


    一草庵(いっそうあん)です。
    ここは俳人の種田山頭火の住んでいた建物(但し復元)です。
    山頭火の住んでいた建物は、最初は映画監督の伊藤大輔
    が妹のために建てた小さな家だったのです。(伊藤大輔は
    宇和島出身の監督さんで、妹さんはこちらの街に
    住んでいたようです。その後住む人が
    いなくなって、隣の御幸寺の納屋になっていたのを
    山頭火の理解者が奔走してとりあえず人の住めるようにしたもの
    だったようです。山頭火自身が住んでいた建物は、
    戦時中にシロアリの被害があまりに激しく、壊してしまったのだとか。

    そうして昭和27年にその建物を復元したのがこの建物、ということだそうです。
    ここに山頭火が来たのが、1939年10月。
    2009年は山頭火がこの街に来て、70周年になるので
    先月、ここで山頭火祭りというイベントが盛大にあったのでした。
    今まではこの建物、公開は年に数日しか開けていませんでした。
    それが今年から土日・祝日は公開する、ということに
    なったのです。前に何度か来たことはあったのですが、
    その時は、鍵がかかって中に入ることはできませんでした。
    今回は中に入ることができました。

    縁側には、山頭火の句作の師匠だった
    荻原井泉水の「一草庵」の扁額がかかっています。
    これは船の板を使ったので、ちょっと変った形を
    しています。

    Issoan3

    中はこんな感じです。


    Issoan2

    かかっている拓本の軸は「鉄鉢の中へも霰」という句です。

    山頭火を考えるにあたって、鍵となる数字があります。
    それは「15」です。
    山頭火の生まれたのが明治15年。
    そうして思うところがあって、彼は子どもも奥さんも捨てて
    出家をし、乞食(こつじき)放浪の旅を開始
    したのが大正15年。
    最期、亡くなったのが昭和15年です。

    この街にふらりとやってきたのが昭和14年。
    そうしてここに居を構えて約1年後の昭和15年の10月11日。
    この居の縁側で、山頭火は倒れていたところを
    発見されたのでした。

    Issoan4


    脳溢血だったそうです。
    山頭火は生前、死ぬときは、ころりと死にたい、ということを
    言っていましたから、それで言うと、理想的な死に方、だった
    かなぁ、と思います。


    山頭火は、その個性的な作品で、今もすごく人気のある俳人ですね。
    俳句の系譜で言えば、自由律の俳句ですから、
    子規→河東碧梧桐→荻原井泉水→種田山頭火
    ということになりますかね。
    今は、定型の季語のある俳句を作る人が9割。
    自由律の俳人は1割、だそうです。

    山頭火が生きていたころはこの辺は軍の練兵場があって、その北側の
    山の裾、というようなのどかですが、さびしい場所でした。
    しかし、そんな町外れの田舎だったからこそ、
    山頭火の句作もいっそうさえたものになったのでしょう。
    (長くなりました。今日はこの辺にします。)

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