「燃えよ剣」を読んで、改めて新撰組ゆかりの地を
訪ねてみたいと思い、京都に行って来ました。
「
角屋」は、新撰組をはじめ、西郷隆盛、桂小五郎といった幕末の浪士達が、
よく利用した揚屋(料亭)です。
寛永18年(1641)の建物が、現存しているのです。
とにかく、「すごい!」の一言です。
JR京都駅から徒歩20分、車なら5分位で行けます。


左:通りの外から見た正面玄関(現在は閉じられています)。右:玄関を内側から撮影。のれんは展示のため、ここに飾ってあります。

玄関入ってすぐ右手の柱。新撰組は角屋でかなり派手に飲み食いをし、ツケがたまっていたそうです。お金に困っていた新撰組の会計係は「新撰組の浪士が来ても断って欲しい」と角屋に嘆願しました(手紙が残っていて展示されていました)。ある日、玄関で断られ怒った芹沢鴨が、刀でこの柱を切りつけたそうです。その時の刀傷が、今もこうして残っているなんて感動〜❤。


この台所で作られたお料理を、幕末の浪士たちが食べていたんですね。。


左:台所から帳場を見たところ。右:この帳場で新撰組のツケの計算をしていたんでしょうね。。
左:お客様の刀を預かるための刀箪笥。こんな箪笥があったなんて、初めて知りました。
右:お客様が刀を置いた刀掛け(玄関に置かれていたそうです)。あくまで一時的に置いた場所で、お店の人が刀箪笥に移したようです。

お店の刀と思われます。帳場のすぐ近くの壁に掛けてあります。何かあったら、すぐにこの刀を取れるようにしていたんでしょうか。。

1階一番奥が「松の間」という部屋。その「松の間」から見たお庭。初代の松の木は枯れてしまい、今の松は2代目とのこと。右奥には茶室があります。

松の間の襖絵。すごい・・・。見とれていて、「松の間」全体の写真を撮るのを忘れました。会津藩側の浪士たちが芹沢鴨を暗殺するため、この「松の間」で宴会をし、芹沢鴨を酔わせました。泥酔した芹沢は、籠で八木家まで帰ったそうです。その夜、暗殺されたとのことです。この写真の左にも部屋があり、一番奥に芹沢鴨は座っていたそうです。はぁ〜、これまた感動❤