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    キープ・レフト2009-11-11 12:59:06

    イスラエルの核とノーベル平和賞

    イメージ 1

    オバマではなくバヌヌ氏にこそノーベル平和賞を!

    「核廃絶を!」と演説しただけで、何の実績もないオバマに今年(09)のノーベル平和賞が与えられたが、演説だけなら私だってできる。いや、国連で演説した被爆者山口仙二さん(どの国の代表も席を立ってしまって議場はガラガラ)も、平和賞に価するだろう。

    モロッコ生まれのユダヤ人モルデハイ・バヌヌ氏は、イスラエルに移住し1973年の第4次中東戦争では、祖国イスラエルのために銃をとって戦ったが、“よそ者”扱いに変わりなし。1977年「ディモナ繊維工場」で働き始めるのだが、この繊維工場は実は原発だったのだ。そしてその使用済み核燃料から原爆を作る秘密工場だった。

    イスラエルにとって超の字が100も付きそうなこの「国家機密」を探るために、バヌヌ氏は丸々7年もかかった。原発技師として地下2階で働いていたが、地下5階は絶対立ち入り禁止だったからだ。ある日上司が鍵をうっかり置いていき、それで彼は地下5階を見ることができた。そこはプルトニウム型原爆(長崎に落とされたのと同じ)製造の現場であった。

    57枚の写真を撮ったバヌヌ氏は、86年9月にイギリスの新聞『サンデータイムズ』の記者に、このトンデモナイ重大情報を知らせる。新聞社もこの世界を揺るがす大スクープに腰をぬかして、バヌヌという人物そのものが信頼できるのか、この情報がガゼ(偽物)ではないと言切れるのか、上層部も疑心暗鬼。核の専門家たちによる、念には念の入ったさまざまな面談テストが行なわれた。

    イスラエルはそれ迄「我々に向けられる大量破壊兵器を開発する敵は、決して許さない」(1981年ベギン首相)、「我々は中東で最初の核兵器保有国にはならない」(85年ペレス首相)と言明していた。このペテンぶりは兄貴分のアメリカを見習ったものだろう。

    イスラエルの諜報組織モサドは、バヌヌ氏が英国の新聞記者ホーナムと接触していることをつかみ、暗殺の準備に入った。モサドはホロコーストの処刑人(ナチの収容所長)アイヒマンを戦後16年間も追いかけ、南米で捕えて本国へ連行し裁判にかけたし、1972年のミュンヘンオリンピック・テロの時も、ユダヤ選手を殺した相手を20年間!も捜しまわって暗殺した。執拗にして非情な国家謀略組織だ。

    イスラエルの核製造に手を貸したのは、フランスを始め西欧諸国とアメリカだ。バヌヌがしゃべるとマズイことが山程あるのだ。原子炉をつくってやったのはフランス、重水を供給したのはノルウェー、高濃縮ウランを与えたのはアメリカ、英国も似たりよったり…。それでいながらどの国も、「核拡散防止」などという建前(キレイゴト=偽善)を都合の良い口実に使ってきた。

    さて新聞社が用意してくれた潜伏先のホテルでじっと身をひそめていればいいものを、根が無用心よいうか陽気すぎるというか血が濃すぎるのか寂しかったのか、記者の忠告を無視して街をほっつき歩きオペラ見物などしているうちに、バヌヌ氏はモサドの罠にハマってしまう。そう色仕掛けだ。尾行も盗聴もしていたモサドにとって、彼の弱点を突くのは朝飯前。

    イスラエルのペレス首相はモサドに、バヌヌ氏を英国国外で生きたまま逮捕するよう命令していたので、セクシーな女スパイ(名はシンディ)を彼に接近させ、彼女に「ねえ、二人でローマに行きましょうよ」と甘い声で囁かせ、まんまとローマのアパートの一室で拘束してしまう。彼は注射をうたれ、前もって用意していた貨物船に乗せられイスラエルに誘拐拉致された。これら一連のモサドの犯行は、いつもの如く国際法にも人道上も違反なのだが、欧米はいつものように黙認した。

    バヌヌはしびれを切らしていたのだ。「早く掲載してくれ!」と記者に何度もせっついたのだが、当時の『サンデータイムズ』は「ヒトラーの日記」と称すガセ(偽物)をつかまされた苦い経験がトラウマになってたため、慎重に慎重にコトを運び時間がかかりすぎてしまったのだ。それが結果としてバヌヌ氏拉致につながってしまった。

    ぐずぐずしているうちに大衆向けオチャラカ新聞『サンデーミラー』が、「イスラエルの核技術者が、イスラエルが核保有とニセの証言」と記事を載せてしまった。バヌヌ氏をいかさま師呼ばわりする内容だった。そこでやっと腹を決めた『サンデータイムズ』は10月2日、バヌヌのもたらした「イスラエル原爆製造工場」の存在を記事にしたのだが、予想に反して欧米のマスメディアは熱い関心を示しはしなかった。やましいところがあるからだ。

    11月9日イスラエルは記者会見で「イギリス国内で何者かに誘拐されたと聞いてます」などと白々しい嘘をついた。12月22日車で連れ出されたバヌヌ氏は窓ガラスに手のひらを押し付けたが、そこには「ローマで誘拐された」と書いてあり、ローマ行きの航空便の番号まで記されていた。イタリアは当然自国の主権を侵害されたのだから厳重にイスラエルに抗議すべきだったのだが…ユダヤ人(イスラエル)のこととなると及び腰になる。西欧諸国のスネの傷だ。

    バヌヌ氏は「国家叛逆罪」「スパイ罪」で18年の刑を言い渡され04年に出所した。今でもイスラエルで最も憎まれる男だ。彼は国外にも出られず、外国メディアとの接触も許されていない。軟禁状態で死ぬのを待つだけだ。彼が出所した翌年(05)のノーベル平和賞は、IAEA(国際原子力機構)のムハンマド・エルバラダイ事務局長だ。受賞理由が笑える。「核の軍事利用を防ぎ、平和利用に尽力した」ためという。おやおや、イスラエルは40年間もNPT(核拡散防止条約)への署名を拒み、ディモナ核施設へのIAEA査察も拒否しているではないか。それに対しエルバラダイは何か行動を起こしたのか? 何か発言したのか? 何もだ。バヌヌ氏についても一言も言及していない。

    「反ユダヤ主義」とイスラエルからレッテルを貼られるのを恐れているのは、IAEAも欧米も同じなのだ。だからイスラエルに対しNPTへ署名するよう圧力ひとつかけられないでいる。イランやイラクに対するようにイスラエルにも同じ態度で臨むべきだろう。自分たちでそれができないのなら、バヌヌ氏こそノーベル平和賞に価する人物だ。

                                −  了  −

    追記:
    今年(09)3月英米の研究機関とメディアが、「イスラエルがイラン国内の核施設を軍事攻撃するつもりでいる」と発表した。
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