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    浦川聡子 俳句の世界へ2009-11-07 20:58:53

    「綾子の手」‒細見綾子へ捧げる鎮魂曲

      塩田に百日筋目つけ通し 欣一

      塩田夫日焼け極まり青ざめぬ

     澤木欣一といえば、まずこの「塩田」の作品を思い浮かべる人が多いだろう。昭和30年「俳句」10月号に「能登塩田」30句を発表、翌年句集『塩田』を刊行。西東三鬼が「澤木欣一は『能登塩田』によって大爆発した。…次代の『正統派』はこの人が継ぐであろう」と激賞、社会性俳句の中心的存在となった澤木の俳壇的地位が確立した作品群である。
     澤木欣一は大正8年富山市生まれ。四高・東大国文科卒業。昭和14年四高一年のときに俳句を始め「馬酔木」「鶴」に投句。翌15年「寒雷」が創刊されるやさっそくこれに投句、東大時代は金子兜太・安東次男らと楸邨のもとで学ぶ。昭和21年「風」創刊。翌22年細見綾子と結婚。

      群羊の一頭として初日受く

      夕月夜みやらびの歯の波寄する

     さて本句集『綾子の手』は澤木の第十二句集であるが、前年6月にも澤木は第十一句集『交響』を上梓している。そしてちょうどその6月頃には、綾子は重態となり緊急入院をしている。

      急変の妻へ麦秋ひた走り

     (綾子、日高町旭ヶ丘病院に入る)

      梅雨寒や吸ふ吐くの息音立てて

      緑雨なか見事に生命ありにけり

     (綾子、重態一ヶ月を経る)

     さて「俳句において場・現場を重んじる」という作者であるが、本書にも旅の句、ことに加賀を詠んだ句は多い。「20代から30代にかけて金沢で暮らしたことは、私にとってこの上ない幸せであった」と語る澤木だが、50年以上経った今も、心のなかには金沢の地が離れずにあるのだろう。

      旅人の浅き眠りや鰤起し

      能登の海より赤めばる黒めばる

      古九谷の牡丹むらさき緑雨かな

      炎天の加賀の氷室を覗きけり

     平成9年9月、綾子は亡くなる。

      泥の好きな燕見送る白露かな(9月6日、綾子逝く)

      秩父なる大夕焼に逝きにけり

      初炬燵開く亡き妻在るごとく

      小春日や箪笥の底の千人針

      綾子の手ゆびしなやかに猫柳

     前句集が「交響」であるならば、本書は綾子へ捧げる鎮魂曲なのである。「風」は今年創刊55周年をむかえる。

      燕つばめ泥の好きなる燕かな 綾子

       (「炎環」2000年1月号掲載)

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